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平成十年大移動<モロッコ〜トルコ>
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学生生活最後の思い出にと、というよりは、手っ取り早くイスラム文化圏をまわりたいのと、「列車(特に夜行)て素敵!」委員会の私たちの適当な利害が一致し、ま、最後はトルコよるでしょ?となるとこんなルートになったようなきがする。そんな大した目的もないがいったれ!て感じでいった旅行でした。 乗り換えとか苦労したけど、っていうか、列車はもういい。とまで思うくらい乗ってやったったわ! はっはー!
| <チューリヒから一気にスペイン> 行きのルート | |
| チューリヒの空港6:15着 | 急いで中央駅へ |
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チューリヒ中央駅 7時34分出発 |
TGV予約。スイスは雪が積もっている |
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| ジュネーブ0:34着 | めちゃ走る。寒い |
| 0:44TGVで発 TGV | |
| ↓ | 狭い汚いだるい腹激減り |
| モンペリエ15:02着 | フランスの田舎を不満喫 |
| 15:07タルゴで発 | さらに走る。クロキ激寝 |
| ↓ | タルゴ内で予約 |
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バルセロナ19:25着予定 |
晩飯・両替 |
| 22:00発 | ホテルトレン(部屋別
々) サルバドーレダリ号は期待はずれ。しょーもなー。 |
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| コルドバ7:50着 | |
クロキさんの手記+私の追記
しかしジュネーブとモンペリエはようやったなー…。思い出すだに笑えるわ。トーマ ス繰るの大変でござんした。 そんでこの夜行セビリアまで行くのに、1 かいコルドバ降りてるのがムダでしたね、今思えば。
<スペインからトルコ> 疲労していたらしく、日記がない。思い出す出来事は、
●幾らなんでもバルセロナで食料買いすぎ。生ハム崇拝しすぎ。食ったけど。バルセロナのスーパー「シマゴ」で買い物したんですが、安いので思わず買ってしまいました。 たくさん。しかし、ジャンクフードばかりです。チョコ・バナナ・オレンジ・生ハム・コーラなど。生ハム悪くならんか心配であった。
バルセロナの良い思いで・・・駅のインフォメーションのお姉さんがむっちゃかわいかった!!顔も!声も!スタイルも良かった!きっとキャメロンディアスを生で見たらこんな感じだろうなと言う。隠し撮りはできませんでした。
ピカソ美術館の学芸員に金を盗まれる!我が人生の中で初めて。一円百円をけちる私としては大変屈辱的な事件でした。どういうことかというと、ピカソ美術館(かなり有名でガードマンとかもいる、観光客多し。内容は生々女の裸三昧系がおおかったです)にいったとき、最初にカバンを預けろと言われるんです。カウンターがちゃんとあって三人くらい係りの人もいるのです。そのとき私は財布の一部をカバンの中に入れたまま預けてしまいました。次の日(ギリシャの海の上にて)金勘定をすると貴重品入れの定期入れの中の金がご丁寧に抜き取られていました。こんな手の込んだ所から金をとるとは時間がないと出来ませんて。絶対奴らや。ムカツク!スルのは不可能な場所なの。奴ら三人はぐるか?その後は盗られたモノを取り返してやる気合いカモンひったくりこんなちびっ子が強烈に金を盗ろうとした奴から金を盗ろうと思うまい大作戦を予定していましたが、ひったくりにあうこともなく、収穫もなかったです。
●ちょび髭号プー。洗面 所詰まる。
ちょびヒゲ号とは、「サルバドーレ・ダリ号」のことですが、これがホテルトレインとかいって結構期待していたのに、普通 の寝台列車レベルだったのでがっかりということです。金額は二等で一人9800PTSこれはその時のレートがT/C¥10000→2122PTSなので適当だが8000円くらいか。高いって。おまけとかも付いてたけどさ。洗面 所詰まってて顔あらえんかったしー。
サルバドーレ・ダリ号(ミラノ〜バルセロナ) 料金二等(四人用寝台) 9800PTS(料金はユーロパス割引だったかもしれない) 付いてるモノ 小さいミネラルウォーター・おしぼり・歯磨き粉・ひげ剃り・タオル その他特記事項 二段ベッドだが下段は空間が狭く頭がつっかえるため座れない。荷物を置くスペースはない。
洗面台はある(我々は詰まっていて使えなかった。)車掌さんらが何人か直そうとしてくれたが最後までうまくいかず、結局逆切れして怒って帰ってしまった。一度もごめんねなどといわれなかった。やなかんじ。
●ミラノからブリンディシ。デブ親子がフーやれやれどっか行った、 コンパートメン ト独占と思いきや別の車両に移動になるとほほ。 海すれすれに走っていくのが面 白 かった。 クロキ寝続け暇で暇で腹立つ。どれだけ寝られるか可能性は無限大とみた。 食のイタリアミラノ駅で時間つぶしするがろくなモノ食えず。マドンナみたいないかしたねえちゃんが不器用で見るも無惨なケーキを食べたようなきがする。ミラノ駅はなかなかいかす建物です。
●フェリーは快適でしたねえ…今度乗るときはデッキにして金を節約しよう。
パトラ ス着が思ったより早くてあたふた。
フェリーというのはイタリアのブリンティシからギリシャのパトラスまでの海路。デッキクラス・シートクラス・キャビンクラスがある。もう座りすぎでダメだったのでキャビンをとっちゃう。途中国境を越えるからパスコントロールがある。港での手続きややこしかった。時間ぎりぎりじゃなくてよかった。もしこのルートを使う人がいれば詳しく手順を書くけど、めんどうやしいいか。乗ってからは最高。いやー、ほんまにこのフェリーは快適やった。おすすめ。これで往復するのも良いのではないか。
よくあるフェリー(ブリンティシ〜パトラス) 料金(キャビン) 47500リラ。後日カードで引き落とされたときには3320円だった。
(料金はユーロパス割引だったかもしれない)キャビン内容 個室二段ベッド。洗面 所付。小さくまとまっていて快適。トイレ別。 その他特記事項 誰でも利用できるシャワールームがありホットシャワーでまくる。かなりの極楽ぶり。うまそうな料理を提供するレストラン有り。ただ・・・我々はリラをもっておらず、一杯のかけそば状態でしか食えず。 上記の手持ち食料(生ハムやオレンジ)で食いつなぐ。
なけなしのリラで食べたたった一度の食事・・・
●パトラスからピレウス、少し待ってピレウスからアテネ。(ココまではユースパス使用)
夜のアテネで駅移動。英語通じへんし。何だか港町はどうしてあんなに寂しいんだろう。良い感じにさびれてました。アテネまでの列車を捕まえなんとか落ち着くのですが、アテネについてから夜の移動がとても大変だった。バスのチケットがあるのか調べるのも一苦労。荷物一時預かり所の青年にずいぶんたすけられました。アテネ駅からテッサロニキ駅への移動が思ったより大変で、真っ暗で道は分からないは人通 りは少ないわで。心細さをとても楽しめました。左にずっと行って線路をまたぐ長い陸橋を渡ったような覚えがある。距離的に阪急梅田とJR大阪程度だったはずです。
●アテネからテッサロニキへ夜行。ベッド狭い。ここでジェームス登場。
「ベッドか ら降りるときにパラシュートをあげよう」とかなんとかかましとったのを憶えている。一室六人用。三段ベッド向かい合わせ。かなり狭い、そして運良く最上階に当たるとスペースはゆったり味わえるが、高い。高所恐怖症の人にはお勧めできない高さ。5850ドラクマ。ギリシャの列車はかなり時間が遅れる記憶がある。 ジェームズというのはこの後々大活躍の変なイギリス人駱駝売りのナイスガイ。
●テッサロニキでトルコ行きの切符を買うのにジェームスがかまってくるので怪しさ 爆発。 離れぎみに行動していたが、結局国境行きの同じ電車に乗ってたのよね。この 電車の切符、 なかなか買えなくて揉めたような気が…。ちゃんと憶えてない。 一室六なにしろギリシアの駅は言葉も通 じないし、なかなか心細かったよ。しょっちゅう金足りんようになってるし。一回深夜にチケット買う金が無くてシティバンクのカードで引き出したことも・・・ 。ここで日本人ナオちゃんと京大生?しげっちに出会う。そろってジェームスに翻弄されることとなる。
●パスにギリシャもつけときゃよかった。ギリシャも一度ちゃんと行きたいよ、わたしは。 物価高いっていっても日本よか安いっしょ。
私はギリシア美術にもあまり感心ないし言葉通じないしあまり興味もてんかった。クロキさんは実際行っちゃってるね、今ギリシャに。今頃東欧を抜けてるんじゃないでしょうか。 私はパトラスで郵便局へおつかいに行きました。今思えば地図もないのに良くあったもんだよ。あと、アテネ?だったかの売店にはお菓子にも値札がちゃんと付いてて日本のスーパーみたいやなと思いました。
●国境で一度降りて、審査待って、(このへんで一行と正式に合流したんやっけ?) ちょっとだけぼろーい電車に乗って(「テキルダア!!」と大声でくり返すにいちゃ んに住所教えてもらったけど手紙書いてないなあ)、そのあと特急(ゴーカ列車でし たな、アレは。外国人用らしいが。)にまた乗り換え。スルタンアフメットあたりを 走って行くときは感動した。
私も感動したね。いつもとは違うイスタンブール入り。ドアが開いたまま走る列車とか・・・。夜に着いて、夜に駅に降り立つのは本当にどうしようもない気持ちが沸き上がる。わびしくて幸せで。
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そう。 トルコに着くといつもなにか懐かしいような、 やっと会えたような、 やっと 戻ってこれたような気分になる。 なんでだろうね。